迷子

風が強い、窓がガタガタなっている。

朝起きて夜眠る生活に戻したくて昨日は布団に入らなかった。光熱費をケチった寒い部屋で絵を描きながら朝になった。6時頃、なんとなく気が向いて久しぶりにランニングに行った。

 

外は寒かったけど家より寒くなかった。ウォーキングをしているおじいちゃんとすれ違いざまに挨拶をした。「運動をしている人どうし」だと、なぜか挨拶をする空気になる。

 

車はほとんどない。川にカモがちらほらいる。毎日早く寝て早く起きてこの時間に走る生活ができたらきっとさっぱりした人間になると思う。

 

家に帰ってしばらくぼうっとしてから食パンを食べた。部屋が寒くて絵を描いていた間ずっと歯に力を入れていたから、歯が痛くてろくに咀嚼できなかった。

 

走ったおかげかなんとなく気が向いて、Twitterのアカウントを消した。連絡先の同期を切るのを忘れていた、誰も知らないところで描いた絵をアップしようとして作ったアカウント。1桁ぶんしか呟いていなかったけど全部本当だった。母親の兄に辿られてメッセージが送られてきた。すぐにブロックして鍵をかけて、ゴミになってしまった自分の吐き溜め。存在がばれてしまったら、もう使えない。夜中に布団の中で作った小さな居場所はたった数日で侵された。

 

 

家族だとか親戚だとか全部嫌いだ。血が繋がっているだけでなんなんだ。欠けているところに生まれてしまったら、一生その穴を胸に抱えて生きることになるのか。満ちている人を見て、ますます穴を抉られる。夕方のスーパーの棚で隠れんぼをする子供を呼ぶ親とか、ゲオでゲームソフトをねだる子供とか、バイトのパートの人が連れてきた子供にご飯を用意しているところとか、帰省の時期を相談する同級生とか、一斉に下校する小学生とか、ぜんぶ、苦しい。

自分は早朝か夜中にしか買い物にも行けないし、映画も借りられないし、外を何も考えずに歩くこともできない。

 

自分は幸せそうな子供を見るのが苦しいんだと思う。かといって、隣の部屋から怒鳴る親の声と子供の泣き声が聞こえると心臓を掴まれたように何も出来なくもなる。1度児童相談所に恐る恐る電話をかけたけど出なかったし、いつの間にか隣の家族は引っ越していた。スーパーを無邪気に走り回る子供は無条件に自分には一生得られないものを持っている。だからどうこうなんてことはないけれど、子供を視界に入れない自己防衛。自分は醜い。一般的に子供が嫌いという言葉はタブーだ。

 

 

そのあとも絵を描いていて、10時頃に突然眠気がきた。夜まで寝ないつもりだったけど、フラフラしたから寝た。どうせすぐ目が覚めるだろうと思っていたらお昼を過ぎていた。

 

食事はいつも1食か2食。筋トレもダンスもしなくなったから、食べ物なんか要らないんだろう。

 

結局1日中絵を描いたりぼうっとしたりしていた。バイト先の人にシフトの連絡をした。ほとんどスカスカのスケジュール帳を見て、予定ではなく気持ちで出勤日を決めた。本当に気持ちに従うなら、出勤日なんてないけど。

 

去年までは、スケジュール帳にびっしりと予定が詰まっていたなあと思う。1日の枠が小さい百均のスケジュール帳、1個しか書けないようなその小さい枠に何個も予定を詰めていた。それでもその頃はだいたいの内容が頭に入っていて、いちいち見なくても大丈夫だった。

 

今ではスカスカなページにちょこんとある用事さえ頭に入らない。日付も曜日もわからなくて、1日になんどもiPhoneのロック画面をチェックする。昨日だったか一昨日だったかに新しい元号が発表されたらしいけど、自分は時間と空気の流れにすっかり取り残されていると思った。